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東京地方裁判所 平成11年(ワ)1616号 判決 1999年12月24日

原告

上田正人

右訴訟代理人弁護士

安田信彦

被告

株式会社ポップマート

右代表者代表取締役

芹沢俊市

右訴訟代理人弁護士

竹田章治

池田眞一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇五〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告が平成一〇年一一月二七日、原告に対してした取締役の解任及び解雇が無効であることを確認する。

三  被告は、原告に対し、平成一〇年一一月二八日から毎月二五日限り九〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の代表取締役であった原告が、被告に対し、主位的に、被告の使用人兼務取締役であったとして、解雇及び取締役解任の効力を争って、その無効確認及び賃金の支払を求め、予備的に、正当事由のない取締役解任であるとして損害賠償を求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、食料品・日用雑貨品の小売業等を主たる目的とする株式会社であり、その株式はすべて被告代表者である芹沢俊市(以下「芹沢」という。)が保有している。

2  原告は、株式会社ヤオハン・ジャパン(以下「ヤオハン・ジャパン」という。)の子会社である株式会社ビッグ・エイトに勤務していたが、平成九年一一月二一日、月額報酬九〇万円の約定で被告の代表取締役に就任した。

3  被告は、平成一〇年一一月二七日、取締役会を開催し、原告の代表取締役解任を決議するとともに、同日、臨時株主総会も開催され、原告の取締役解任が決議された(<証拠略>)。

二  主たる争点

1  原告は使用人としての地位を兼任していたかどうか

(一) 原告の主張

原告は、被告の代表取締役であったが、原告の就任以前、解任後はいずれも被告の一人株主である芹沢が被告の代表取締役であったし、原告が代表取締役であった当時も、芹沢は被告の取締役会長であり、被告の経営は、芹沢の一存で決定されており、原告は、芹沢の指揮命令下で業務を遂行していたにすぎないから、使用人としての地位を兼任していたものである。

(二) 被告の主張

原告の主張は争う。

原告は、名実共に被告の代表取締役であった。

2  取締役解任は有効かどうか、また、取締役解任が有効とした場合、右解任に正当事由があったかどうか

(一) 原告の主張

(1) 原告は、平成九年一一月二一日に被告の代表取締役に就任し、その任期は二年間であったところ、任期半ばの平成一〇年一一月二七日に解任された(以下「本件解任」という。)。

(2) 本件解任は、委任契約の解除であるところ、原告が代表取締役就任の経緯(平成九年当時、被告は倒産の危機に瀕しており、原告は芹沢から強く請われて被告再建のために被告の代表取締役に就任した。)から、被告は解除権を放棄したものというべきであるし、仮にそれが認められないとしても、本件のような有償ないし雇用型委任契約の場合は、信頼関係を維持できないようなやむを得ない事由のない限り解除は許されないと解すべきであり、原告には右のような事由はない。

(3) 仮に本件解任が有効であるとしても、正当な事由のない解除であるから、被告は原告に対し、商法二五七条一項但書に基づいて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告の主張

原告の主張(1)の事実は認め、同(2)及び同(3)は争う。

取締役と会社との関係は委任契約に基づくものであり、いつでも解除しうるものである。

また、本件解任に至ったのは、<1>原告が、平成一〇年八月ころから仕入先に対して、被告は信用できない、自分は雇われ社長にすぎないなどと、自らの責任を回避したり、被告の信用を失墜させるような言動を行ったこと、<2>原告が他の取締役に対して、高圧的な態度を示したり、役員室に施錠して一人閉じこもるなどして取締役間のコミユニケーションを拒む(ママ)んだこと、<3>原告が従業員に対する高圧的な態度を示すため、各小売営業店舗の店長が原告に対する不信感を表明した上申書(<証拠略>)を芹沢に提出するなど従業員の原告に対する不満が強かったことなど、原告が取締役として不適格であったからであり、本件解任には正当事由がある。

第三当裁判所の判断

一  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実等を含む。)、右証拠中これに反する部分は採用しない。

1  被告の概要等(<証拠・人証略>)

被告は、食料品・日用雑貨品の小売業等を主たる目的として昭和六二年八月二〇日に設立された株式会社であり、ヤオハン・ジャパンが一〇〇パーセントの株式を保有するヤオハン・ジャパンの子会社であったが、平成七年五月ころ、芹沢が被告の全株式を取得した。

被告は、平成一一年九月三〇日現在、食品・日用雑貨を小売販売するスーパーマーケットを一〇店舗経営しており(原告が被告の代表取締役であった当時は一一店舗であったが、平成一一年五月末に不採算店舗であった南鴨宮店を閉店した。)、従業員数はアルバイト等を含めて合計三七〇名である。

被告の経営状況は、ヤオハン・ジャパンの子会社であった当時に負った負債約五〇億円があり、同社が会社更生法の申請をして以来、納入業者との取引条件が厳しくなったものの、売上自体は順調に推移し、平成一一年三月決算においても約三〇〇〇万円の経常利益を計上している。

被告の代表取締役は、原告が平成九年一一月二一日に就任する以前は被告の全株式を保有する芹沢であり、本件解任後も芹沢である。原告が被告の代表取締役であった当時、芹沢は取締役会長で、出店・渉外担当であった。その他の役員は、常務取締役の長嶋孝夫が財務・総務・人事担当、取締役部長の中西信夫が商品部・販促担当とされていた。

2  原告の業務等(<証拠・人証略>)

原告は、昭和四五年からヤオハン・ジャパンに勤務し、昭和六三年四月一日から平成二年三月まで同社から被告に常務取締役として、平成三年四月一日から一年間代表取締役として、それぞれ出向して勤務していたことがある。その後、平成九年一一月二一日、原告は被告を再建して欲しいと芹沢に要請されて被告の代表取締役に就任した。

その際、原告の勤務時間について特別定めず、役員報酬は原告の要望に応じて月額九〇万円となった。役員報酬の支払に際しては、給与支給明細書(<証拠略>)が作成されているが、その内容は役員報酬手当のみであり、基本給、超過勤務手当を含む諸手当等の記載はない。また、原告は雇用保険にも加入していない。

原告が被告において行っていた業務は、被告全体の統括・店舗運営であり(なお、店舗運営について「部長」の肩書は付されていない。)、原告としては、代表取締役の就任以来、営業体制の確立、経理業務の確立、電算業務の確立、利益を上げる物流センターの構築という目標を持って、被告の経営を行ってきた。また、店舗運営面では、重点的に店舗のクリーンアップ、在庫の削減、在庫の回転を重視した販売政策を推進してきた。原告は、実際の業務執行については、被告において毎週月曜日に開催される役員ミーティングの方針に従って、これを行ってきた。原告の勤務時間については特に定めはなかったが、午前七時ないし七時半ころから午後八時ころまで本部事務所で勤務していた。その他、具体的には、取引先や取引銀行の要請に応じて被告の実情説明、各店舗を巡回しての従業員の指導等の業務も行った。

ところで、原告は、各店舗を巡回して従業員の指導を行う際、余りにも激しく従業員を叱責し、従業員や店長らから不満をかうこともあった。また、被告に一室しかない役員室に内側から施錠するための鍵を取り付け、施錠して執務をするようなことがあった。

3  本件解任に至る経緯(<証拠・人証略>)

芹沢は、平成一〇年八月ころ、店長の代表者から原告が取引業者に対し、自分は雇われ社長であるなどと言っているという話を聞いたり、原告から激しく叱責された従業員から苦情を述べられたりしたことがあり、平成一〇年一一月一五日には各店長名義の上申書(<証拠略>)が芹沢に提出された。右上申書には、原告について代表取締役としての資格を逸脱している、納品業者に不信感を抱かせるような言動をしているといった内容が記載されている。

芹沢は、平成一一年一一月一六日、原告に対し、被告とヤオハン・ジャパンとの訴訟に関し、ヤオハン・ジャパンにかつて勤務していた原告が被告の代表取締役であるのは良くないとの理由で、代表取締役を退任し、被告を退職するよう示唆した。その後、被告は、同月二七日、取締役会及び臨時株主総会で本件解任を決議した。

二  原告の従業員性について

代表取締役とは、取締役会における業務執行に関する意思決定をするにあたり会社を代表して内部的及び外部的に業務執行にあたる会社の機関であり、その代表権の範囲は会社の営業に関する一切の裁判上または裁判外の行為に及ぶ包括的なものである。このことからすれば、原則として、代表取締役の地位は、使用者の指揮命令下で労務を提供する従業員の地位とは理論的には両立するものではなく、代表取締役が使用人としての地位を兼務するということはできない。たしかに、原告の主張するように、代表取締役が、実質的に前記のような代表取締役の権限を有していないと認められるような特段の事情が存する場合もないとはいえない。

しかし、本件についてみるに、原告の報酬は、役員報酬のみで諸手当は支給されておらず、雇用保険にも加入しておらず、給与明細書は使用されているものの(前記一2)、その取扱いは明らかに谷業員とは異なっている。また、勤務の実態にしても、所定労働時間が定められていたわけではない(原告は、時間的拘束があった旨主張するが、実際に原告が午前七時ないし七時半ころから午後八時ころまで勤務していた実態があったとしても、そのような定めがあったことを認めるに足りる証拠はない。)。また、原告の行っていた業務をみても、原告は、被告の代表取締役に就任した当時、自ら営業体制の確立、経理業務の確立、電産業務の確立、物流センターの構築という、まさに被告の経営の中核に関する重要事項についての目標を掲げ(前記一2)、実際にも、営業力強化のためにヤオハン・ジャパンから神田忠をスカウトし、電産業務の外注を実施し、経理部門の強化のために株式会社ヤオハン・ファイナンスから秋吉博美をスカウトし、保険業務の委託会社を変更して経費の節減を図り、鮮魚部門及び総菜部門強化のために株式会社セイフーから塗木美次及び佐野和明を採用し、売上高の拡大のために一部営業店舗の営業開始時間を早めるなど、経営に直接関連する事柄について決定、実施しているのであり(<証拠略>)、これらが、被告の取締役会長である芹沢の指示の下に行われた形跡はないのであって、そのことからすると、原告は、経営に関する広範な権限を有し、それを実行していたことが認められる。さらに、原告は、取引銀行や取引業者から説明を求められた際、被告の代表者として、被告の事情説明を行っていた(前記一2)のであるから、対外的にも被告の代表取締役として行動しており、それを芹沢が指示したり、逆に制限したりした形跡はない。こうしたことからすると、原告は、名実ともに被告の代表取締役であったというべきである。

これに対し、原告は、原告は被告の取締役会長である芹沢の一般的指揮命令下にあったと主張し、たしかに、芹沢は被告の全株式を保有していたから、原告がその意を参酌しなければならない場面があったことは否定できない面はある。しかし、他方、代表取締役が株主の意向を無視し得ないのは当然であるともいえるし、被告の経営そのものに関しては、芹沢の担当は、出店・渉外に限定されていたのに対し、原告は、被告全体の統括とされており(前記一1、2)、実際に原告の業務執行について、芹沢が指示命令を行っていたことを認めるに足りる証拠もないのであって、芹沢が被告の全株式を保有していた事実をもって、直ちに原告が芹沢の指揮命令下にあったということはできず、原告の主張を認めることはできない。

したがって、原告は、名実ともに被告の代表取締役であったというべきで使用人としての地位を兼務していたということはできず、原告と被告との関係は委任契約に基づくものであったというほかない。

三  本件解任の効力について

まず、原告は、被告の代表取締役就任について、不解任の特約があったとの主張をするが、原告の主張するように被告の再建のためにという理由で芹沢から要請されたという事実のみから直ちに不解任の特約があったということはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もないから、原告の右主張を認めることは到底できない。

次に、原告の取締役としての任期が平成九年一一月二一日から二年間であり、本件解任が任期途中の解任であることは当事者間に争いがないところ、原告は、本件のような有償ないし雇用型の委任契約の場合はやむを得ない事由のない限り解任は許されないと主張する。しかし、商法二五七条一項本文は、明確に取締役はいつでも株主総会の決議をもって取締役を解任することができる旨規定しており、原告の主張は採用できない。

したがって、株主総会決議を経ている本件解任は有効であるというべきである(なお、原告は、株主総会決議はなかったとの主張もするようであるが、<証拠略>に照らし、右主張は採用できない。)。

四  正当事由の有無について

被告は、本件解任は、原告が取締役として不適格であったことを理由とするもので不当事由があると主張する。そして、正当事由については、会社・株主の利益と取締役の利益の調和の上に決せられるべきものと解するのが相当であり、職務への著しい不適任は解任の正当事由にあたるというべきである。

そこで、正当事由の有無につき検討するに、原告は、従業員を指導する際、余りにも激しく叱責し、店長や従業員から不満をかうようなことがあったり、芹沢に苦情を述べる従業員がいたり、各店長から芹沢に対し上申書が提出されるようなことがあったり、役員室に内側から施錠して一人役員室にこもって執務することがあるなど(前記一3)従業員らの信頼が十分でなく、原告に適切さを欠く業務執行の態様があったことは否定できない。しかし、従業員に対する叱責に関しては、原告が自己の職務に熱心なあまり、その言動にいきすぎた面があったとも評価できなくもなく、右事実をもって職務への著しい不適任ということはできない。また、原告が被告は信用できないと言ったことを認めるに足りる証拠はない。原告が自分は雇われ社長にすぎないと言ったとする点については、各店長が芹沢に提出した上申書(<証拠略>)に記載があり、被告代表者も、本人尋問において、店長や納入業者から聞いた旨供述するが、いずれも抽象的なものであり、被告代表者の供述は伝聞であることなどから、直ちに採用するのは困難である上、仮にそのようなことがあったしても、いつ、どのような状況で右発言があったのかなど判然としておらず、被告の信用失墜にどのような影響を及ぼしたのか不明である。なお、右上申書は、原告に対する不信感を表明するものではあるが、善処を上申するという記載になっており(<証拠略>)、果たして原告の解任を求めるような趣旨であったのかどうかも判然としておらず、右上申書をもって、被告が主張するように、被告が空中分解しかねない危機的状況にあったということはできない(なお、被告代表者は、本人尋問において、店長や従業員からの度重なる苦情等に基づいて、原告に対し、その言動に気を付けるよう注意したことがあった旨供述するが、これを裏付ける証拠はなく、採用することはできない。)。そのほか、被告代表者は、本人尋問において、原告には独断専行の行為があった旨供述するが、右供述もこれを裏付ける証拠はなく、採用することはできない。さらに、すでに述べたような原告に対する従業員らからの信頼が十分でないことや業務執行の態様にやや不適切な面があったことが、結果として被告の経営にどのような影響を与えたのかも不明であり、業績の悪化、信用失墜等を含めた経営上の支障が被告に生じたことを認めるに足りる証拠もない。

これらのことからすると、原告に著しい職務への不適任があったということは到底できず、他に正当事由を認めるに足りる証拠もないから、被告の主張を認めることはできない。

そうすると、被告は、商法二五七条一項但書に基づいて、本件解任に伴って原告に生じた損害を賠償すべき義務があるところ、その範囲は原告が取締役を解任されなければ残存期間中に得られたであろう利益、すなわち、残存期間中の役員報酬相当額と解するのが相当であり、具体的には、平成一〇年一二月一日から平成一一年一一月二〇日まで(一一か月と二〇日)の役員報酬相当額一〇五〇万円となる。

五  以上の次第で、原告の請求は、被告に対し一〇五〇万円及びこれに対する平成一〇年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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